年表(北朝鮮による拉致)
前書き
拉致事件は、過去の出来事ではなくて、今起きていること。これからも起こり得ること。他人事ではなくて、自分や自分の家族に起こり得ること。
同胞がさらわれたまま、我々は一体何をしているのでしょうか。今取り返しに行かないで、いつ行くのでしょうか。
およそ80年前に、祖国を護る為に戦った先人を、今、誇りに思います。翻って、拉致された同胞を取り返しに行かない我々を、80年後に、後人はどう思うでしょうか。
安倍総理でさえ取り返せなかった今、どうしますか。
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目次
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年表
- H16拉致被害者の家族8人が帰国
- H14拉致被害者5人が帰国
- S63拉致事件について政府が北朝鮮の関与に言及する
- S55拉致事件が初めて報道される
- S34在日朝鮮人帰還事業が始まる
- 参考
年表
令和
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12/18飯塚繁雄さんが逝去 ↓19年前↓30年前↓43年前
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7/10地村保さんが逝去 ↓18年前↓40年前↓42年前
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6/5横田滋さんが逝去 ↓6年前↓18年前↓23年前↓43年前
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2/3有本嘉代子さんが逝去 ↓18年前↓32年前↓37年前
平成
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2/27~米朝首脳がベトナムで会談(2回目の会談) →動画
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6/12米朝首脳がシンガポールで会談(史上初めての会談) →動画
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12/11ジェンキンスさんが逝去 ↓13年前
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11/20アメリカは北朝鮮をテロ支援国家に再指定
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11/6曽我ひとみさんと拉致被害者家族が、トランプ米大統領と面会(迎賓館)
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2/3増元信子さんが逝去 ↓15年前↓37年前↓39年前
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2月北朝鮮が、拉致問題の再調査を行う特別調査委員会を解体 ↓2年前
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8/4市川平さんが逝去 ↓12年前↓34年前↓36年前
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5/29日朝政府間協議で合意(ストックホルム合意)北朝鮮が全ての拉致被害者の再調査を約束
→拉致問題の再調査を行う特別調査委員会を設置 ↑2年後 -
4/27家族会が1029万4203名分の署名を安倍首相に提出
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4/24拉致被害者家族がオバマ米大統領と面会(迎賓館)
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3月横田さん夫妻が孫娘のウンギョンさんと面会(モンゴル) ↓18年前↓23年前↓43年前↑6年後
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12月金正日が死去、金正恩に代替わり
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10月アメリカは北朝鮮をテロ支援国家から除外
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8/4市川トミさんが逝去 ↓6年前↓28年前↓30年前
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4/12警察は、高敬美(コキョンミ)さん、高剛(コガン)さんの失踪を、北朝鮮による拉致と断定(計13件19名) ↓34年前
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11/20政府が松本京子さんを拉致被害者に認定(計12件17名) ↓29年前
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4/29拉致被害者家族がブッシュ米大統領と面会(ホワイトハウス)
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4/27政府が田中実さんを拉致被害者に認定(計11件16名) ↓9年前↓27年前
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2/8家族会が500万人分の署名を細田官房長官に提出
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7月曽我さんの家族3人が帰国
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5/22日朝首脳会談(2回目) →動画
蓮池さんの家族と地村さんの家族(計5人)が帰国-
日朝首脳会談(平成16年5月22日)
平成16年5月22日
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3/5山梨県警が身元不明遺体(20年前に発見)を山本美保さんと断定 →動画 ↓20年前
1984年6月、当時20歳の山本美保さんが甲府市から失踪した。20年後、拉致の疑いが濃厚となるなか、突如として山梨県警から、美保さん失踪後まもなく山形の海岸で発見された身元不明遺体と美保さんの双子の妹美砂さんのDNAが一致したとの一報が入った。だが身元不明遺体の身体的特徴は美保さんとはまったく違っていた。
山本美保さん失踪事件の謎を追う―拉致問題の闇
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1/10「特定失踪者問題調査会」が発足
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1/6拉致被害者支援法に基づき、政府が拉致被害者を認定(10件15名)
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12/19天皇陛下が拉致事件についてお触れになる(天長節に際し) →詳細(前略)小泉総理の北朝鮮訪問により,拉致事件の一端が明らかとなり,その後5人の拉致被害者が帰国したことは大きな出来事でした。長年にわたる拉致被害者並びにその家族の苦しみや悲しみは,いかばかりであったかと察しています。天皇陛下お誕生日に際し(平成14年)|宮内庁
(中略)私どもには,富山県高岡市で起こった拉致未遂事件という恐ろしい記憶があり,皇后が述べている「なぜ自分たちが自分たち共同社会の出来事としてこの人々の不在をもっと強く意識し続けられなかったのだろうか」という思いは,私にも非常に分かります。(後略) -
10/20皇后陛下が拉致事件についてお触れになる(地久節に際し) →詳細(前略)小泉総理の北朝鮮訪問により,一連の拉致事件に関し,初めて真相の一部が報道され,驚きと悲しみと共に,無念さを覚えます。何故私たち皆が,自分たち共同社会の出来事として,この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません。今回の帰国者と家族との再会の喜びを思うにつけ,今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり,その一入の淋しさを思います。(後略)皇后陛下お誕生日に際し(平成14年)|宮内庁
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10/17増元正一さんが逝去 ↓22年前↓24年前
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10/15拉致被害者5人が帰国 ↓22年前↓24年前蓮池薫さん、奥土祐木子さん、地村保志さん、浜本富貴恵さん、曽我ひとみさん
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10/3建前は、北朝鮮の金英浩(キム・ヨンホ)として訪問
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9/17日朝首脳会談(1回目) →動画金正日が拉致を認めて謝罪北朝鮮が14人の情報を示す(5人生存、8人死亡、1人入国なし) ↓19年前↓22年前↓24年前↓25年前生存:蓮池薫さん、奥土祐木子さん、地村保志さん、浜本富貴恵さん、曽我ひとみさん死亡:市川修一さん、増元るみ子さん、横田めぐみさん、原敕晁さん、田口八重子さん、有本恵子さん、石岡亨さん、松木薫さん入国なし:久米裕さんその他:横田めぐみさんに娘がいる※死亡を裏付けるものは一切なし北朝鮮側主張の問題点|政府 拉致問題対策本部
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日朝首脳会談(平成14年9月17日)
平成14年9月17日
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4/6地村登志子さんが逝去 ↓22年前↓24年前
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3/12有本恵子さん拉致の全容が判明 ↓14年前↓19年前よど号ハイジャック犯の元妻である八尾恵が、有本恵子さんをだまして、北朝鮮に行かせたことを法廷で証言。
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12月政府が朝銀に公的資金を投入 4回目(1~4回目の総計は約1兆4千億円)
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8月政府が朝銀に公的資金を投入 3回目(1~4回目の総計は約1兆4千億円)
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12/22九州南西海域における工作船事件 →動画(前略)同船は引き続き逃走し、巡視船に対し自動小銃及びロケットランチャーによる攻撃を行ったため、巡視船による正当防衛射撃を実施し、その後同船は自爆用爆発物によるものと思われる爆発を起こして沈没しました。その際、巡視船「あまみ」乗船の海上保安官3名が、約7~10日間の入院・加療を要する傷害を負いました。九州南西海域における工作船事件について|海上保安庁
第153回国会 衆議院 国土交通委員会 第5号 平成14年1月10日 No.009~ -
9/11アメリカ同時多発テロ事件
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11/29朝鮮総連中央本部を警察が家宅捜索朝鮮総連系の金融機関である朝銀東京信用組合の資金流用疑惑を調査
朝鮮総連の中央本部の捜索は、1955年に朝鮮総連が結成されて以来初めてだった -
11月政府が朝銀に公的資金を投入 2回目(1~4回目の総計は約1兆4千億円)
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5/1不法入国しようとした金正男を成田空港で拘束5/4に、金正男を国外退去処分として、チャイナへ強制送還
(平成29年にマレーシアで暗殺される)
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6月北朝鮮と韓国の南北首脳会談(1回目)
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3/23能登半島沖における工作船事件自衛隊法第82条に基づく海上警備行動命令(自衛隊史上初めての発令)第145回国会 参議院 外交・防衛委員会 第8号 平成11年3月25日
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3月家族会が初めて小渕恵三首相と面会
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5/12福井で林雅俊さん(23)が失踪
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4月「救う会」が発足
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5月政府が朝銀に公的資金を投入 1回目(1~4回目の総計は約1兆4千億円)
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11/8北朝鮮にいる日本人妻が初めて里帰り ↓38前年計3回にわたり43人が一時帰国(平成9年~平成12年)
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8/18兵庫で加藤小百合さん(33)が失踪
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5/7「7件10人」の拉致被害者を警視庁が認める
○政府委員(伊達興治君) (前略)御指摘の新潟県における少女行方不明事案も拉致の疑いがあると判断し、全体で七件十人と判断するに至ったところでございます。また、拉致が未遂であったと思われるものは一件二人であると判断しております。
第140回国会 参議院 決算委員会 第2号 平成9年5月1日 No.023~
新潟における少女行方不明事案以外、これらの事例の内訳は、昭和五十二年に石川県警察が外国人登録法違反等で検挙した宇出津事件、昭和五十三年七月から八月にかけて福井、新潟、鹿児島の海岸で連続発生した三件のアベック行方不明事件、同年八月に富山県の海岸で発生したアベック監禁致傷事件、拉致未遂であります。それから、昭和六十年に韓国で検挙された辛光沫事件、それに李恩恵と呼ばれる日本人女性の事件であります。(後略) -
3/25北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)が結成
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2/7「6件9人」の拉致被害者を政府が認める →詳細
北朝鮮に拉致された疑いのある日本人の数は、これまでに六件、九人であり、また、拉致が未遂であったと思われるものは、一件、二人であると承知しているが、その者の氏名及び失踪前の住所については、本人の安全及びプライバシーの保護の観点から、答弁は差し控えたい。
衆議院議員西村眞悟君提出北朝鮮工作組織による日本人誘拐拉致に関する質問に対する答弁書 平成九年二月七日受領 -
2/3実名を挙げて国会質問 →詳細、動画
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西村眞悟議員 北朝鮮拉致に関する歴史的な国会質疑1
平成9年2月3日
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西村眞悟議員 北朝鮮拉致に関する歴史的な国会質疑2
平成9年2月3日
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西村眞悟議員 北朝鮮拉致に関する歴史的な国会質疑3
平成9年2月3日
○西村(眞)委員 (前略) この高校生もいたというのが横田めぐみさんでございます。今三十三歳になっておられる。なぜわかったかと言えば、これが最近わかった。北朝鮮から亡命した工作員が、十三歳の女の子を拉致したらしい。その子は頭のいい子で、バドミントンのクラブの帰りしな、工作員が脱出しようとするのを目撃したので連れて帰った、朝鮮語をしゃべれるようになればお母さんに会わせてやると言われて、一生懸命勉強した、しかし、十八歳ごろになってそれがかなわぬこととわかり、病院にそのとき入院していた。その証言と、バドミントンの帰りに拉致されたという日本の新潟日報の記事が、見事に符合しているわけです。
第140回国会 衆議院 予算委員会 第5号 平成9年2月3日 No.156~
きょう、アエラ、また産経に実名が出ました。私も相当悩みましたけれども、そういうマスコミに出た以上、実名を申し上げ、実名を申し上げる以上は、どうかこの問題に、総理大臣、国家の、本当の民主主義国家の正統性の証明でございます、自国民を保護するということ、これに重大な関心を示して取り組んでいただきますようにお願い申し上げる次第でございます。(後略)
北朝鮮工作組織による日本人誘拐拉致に関する質問主意書 平成九年一月二十三日提出 -
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2/3実名を挙げて報道 ↓前年↓20年前
産経新聞の記事(平成9年2月3日付朝刊1面)
「20年前、13歳少女拉致」
新潟の失踪事件と酷似 韓国からの情報
昭和五十二年に新潟県で失跡した女子中学生(当時十三歳)が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に拉致されていた可能性が二日までに強まった。韓国当局側から日本政府、公安当局にもたらされた亡命工作員の証言が、少女の失跡当時の状況と酷似しているためで、公安当局は重大な関心を示している。
韓国側から公安当局への非公式な情報によると、亡命工作員(氏名、亡命日時などは明らかにされていない)は韓国の公安当局にほぼ次のような証言をした。
(昭和五十一年か二年ごろ)十三歳の少女がバドミントンの練習を終えて帰宅する途中、日本の海岸から北朝鮮へ連れ去られた。海岸から脱出しようとした北朝鮮工作員が、少女に目撃されたため連れ去ったという。朝鮮語を勉強すれば、帰してやるといわれたが、成人に近づいたころ、その望みがないことを知って精神的に落ち込み、入院した。少女は双子の妹だという。
この工作員自身が、拉致に関与したのではなく、少女の入院中に、この話を知ったという。
今年になり、この工作員の証言が、昭和五十二年十一月十五日に新潟市で起きた、同市水道町に住んでいた銀行員の長女、市立寄居中一年、横田めぐみさん(当時十三歳)の失跡状況と酷似することが明らかになった。
当時の新聞報道や、めぐみさんの父親によると、午後六時三十五分ごろ、バドミントンのクラブ活動を終え、友人と三人で、五百メートルほど離れた自宅へ徒歩で向かった。すでに辺りは真っ暗。家まで三分のところで友人と別れて家の方へ向かったのを最後に行方を絶った。警察犬の追跡は、自宅から百メートルほどの曲がり角でぷっつり。その先にも民家が数軒あったが、百メートル先は防風林の松林、雪捨て場、日本海。
新潟中央署は公開手配し、事件、事故、自殺などあらゆる可能性を調べ、巡視艇、ヘリコプターを動員して捜索したが、手がかりはつかめずに終わった。
工作員の証言に登場する少女と、めぐみさんは、年齢が十三歳、バドミントンのクラブ活動をしていた、海岸近くでの失跡-の共通点がある。また、「双子の妹」とされることについても、めぐみさん自身ではなく、四歳下に双子の兄弟がいるなど、偶然とは思えない符合もある。
昭和五十三年には日本海沿岸などでアベック連続蒸発事件が発生し、国会答弁で政府は北朝鮮の犯行関与を示唆しているが、公安当局は、めぐみさんについても慎重に情報収集を進めている。
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12月田中実さん拉致が暴露される ↓18年前↑9年後平成9年1月号の「文藝春秋」に、神戸市在住の在日、張龍雲(チャン・ヨンウン)氏が、自らが北朝鮮工作機関「洛東江」のメンバーであったことを告白して、同組織の韓竜大(ハン・ヨンデ)と曹廷楽(チョ・ジョンガリ)が共謀の上、昭和53年(1978)6月6日、田中さんをウィーンに連れ出し、モスクワを経由して平壌へ拉致した事を暴露した。田中実さんについて|救う会
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9月頃石高健次さんが現代コリアに論文を寄稿 →動画 ↑翌年
亡命工作員の供述(現代コリア・一九九六年十月号三十一頁)
北朝鮮工作組織による日本人誘拐拉致に関する質問主意書 平成九年一月二十三日提出
日本の海岸からアベックが相次いで拉致される一年か二年前、恐らく七六年のこと、十三歳の少女がやはり日本の海岸から北朝鮮へ拉致された。どこの海岸かは知らない。少女は学校のクラブ活動だったバトミントンの練習を終えて、帰宅の途中だった。海岸からまさに脱出しようとしていた北朝鮮工作員が、この少女に目撃されたために捕まえて連れて帰った。
少女は賢い子で、一生懸命勉強した。『朝鮮語を習得するとお母さんのところへ帰してやる』と言われたからだった。そして、十八になった頃、それがかなわぬこととわかり、少女は精神に破綻をきたしてしまった。病院に収容されていたときに、その事実を知った -
4/5福井で田中浩史さん(35)が失踪
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8/28松永正樹さん(30)が失踪
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7月金日成が死去、金正日に代替わり
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2/14沖縄で富川久子さん(35)が失踪
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6/7千葉で田中正道さん(44)が失踪
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11月日朝国交正常化交渉中断日本政府が、李恩恵(リウネ)の消息調査を求めたことに、北朝鮮が反発
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6/12北海道で武山京子さん(56)が失踪
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5/15秋田で松橋恵美子さん(26)が失踪
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12月ソビエト連邦が崩壊
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11/3大阪で福山ちあきさん(18)が失踪
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10/15静岡で橘邦彦さん(19)が失踪
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9/22兵庫で森本規容子さん(18)が失踪
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7/19北海道で小野寺将人さん(24)が失踪
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5月警察が李恩恵(リウネ)を田口八重子さんと断定 ↓4年前↓13年前↑30年後
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4/22埼玉で佐々木悦子さん(27)が失踪
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3/28韓国で大政由美さん(23)が失踪
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1月日朝国交正常化交渉開始
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12/13岡山で清水桂子さん(22)が失踪
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10月美浜事件 →詳細福井県三方郡美浜町の松原海岸に船籍及び船名不明の小船が漂着しました。この漂着船は、その形状、装備品、乱数表、換字表等の遺留品の状況から、北朝鮮工作員が潜入・脱出のために使用される北朝鮮工作船の子船であることが判明しました。北朝鮮による対日工作活動|警察庁
絵で見る美浜事件 -
2/7山口で河田君江さん(23)が失踪
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12/27福井で山下貢さん(39)が失踪
昭和
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9月石岡亨さんから実家に手紙が届く ↓5年前↓8年前↑14年後石岡亨さん、松木薫さん、有本恵子さんの3人が北朝鮮に滞在している旨が記載
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8/19宮崎で和田幸二さん(31)が失踪
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8/2鳥取で矢倉富康さん(36)が失踪
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7/17宮崎で林田幸男さん(53)、水居明さん(52)が失踪
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3/26拉致事件について政府が北朝鮮の関与に言及する
○国務大臣(梶山静六君) 昭和五十三年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます。解明が大変困難ではございますけれども、事態の重大性にかんがみ、今後とも真相究明のために全力を尽くしていかなければならないと考えておりますし、本人はもちろんでございますが、御家族の皆さん方に深い御同情を申し上げる次第であります。
第112回国会 参議院 予算委員会 第15号 昭和63年3月26日 No.055~ -
1月アメリカは北朝鮮をテロ支援国家に指定
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11/29大韓航空機爆破事件
日本人名義の偽造旅券を所持した北朝鮮工作員の金勝一(キム・スンイル)と金賢姫(キム・ヒョンヒ)が、バグダッド発アブダビ、バンコク経由ソウル行きの大韓航空機858便に時限爆弾を仕掛け、アブダビからバンコクへ向かう途中のビルマ南方アンダマン海域上空で爆破させ、乗員乗客115人全員を殺害
「李恩恵(リウネ)という日本から拉致された日本人女性から教育を受けた」と金賢姫が発言 →詳細 ↑4年後○城内政府委員 お答えいたします。
第112回国会 衆議院 地方行政委員会 第1号 昭和63年2月17日
二月の二日から七日まで警察庁係官を韓国に派遣いたしまして、この警察庁係官立ち会いのもとで韓国の捜査当局が金賢姫に対して面接するというようなことが二月の四日に行われたわけでございます。
その事情聴取から見ますと、この恩恵なる人物は船で引っ張られてきたというようなことを金賢姫は言っております。それからまた、恩恵は酒に酔うとぼんやり座って引っ張られてきた身の上を嘆いているというようなことを言っております。さらに、恩恵は自分の意思で来たようではないということを金賢姫は述べておるわけでございます。また、船酔いで御飯も食べられなかったというような状況も金賢姫は聞いておるわけでございます。また、恩恵が最初に招待所に来たときは泣いていたというようなことを金賢姫は聞いておる。こういった状況がわかっておるわけでございます。
そういったものを総合いたしますと、やはり自発的に来たという状況はどうしても出てこない。やはり自分の意思に反して拉致されてきたというような疑いが強く持たれるわけでございます。
北朝鮮によるテロ等|警察庁Webサイト
北朝鮮による拉致容疑事案について|警察庁Webサイト -
9/3
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6/6大阪で尾上民公乃さん(20)が失踪
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3/15京都で西安義行さん(21)が失踪
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1/22寺越外雄さんから家族へ手紙が届く
寺越昭二氏、寺越外雄氏そして寺越武志氏(以下、敬称略)の三人は、昭和三十八年五月十一日、日本海に同じ船に乗って漁に出て帰らず、破損した船だけが発見されたので、遭難したと思われていたところ、失踪から二十四年後の昭和六十二年一月二十二日、寺越外雄から日本にいる姉に、北朝鮮で生活しているという手紙が届き、失踪当時十三歳の寺越武志も北朝鮮にいることが判明したのであるが、失踪当時、彼等に日本海上で自分達の船を離れて北朝鮮に渡航する意志も手段もあろうはずはないので、その時彼等は、北朝鮮に日本海上で拉致されたと考えるのが合理的である。
寺越昭二氏、寺越外雄氏そして寺越武志氏の拉致認定に関する質問主意書 平成十九年十月二十六日提出
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ーー西新井事件
北朝鮮の工作員であるチェ・スンチョルが、日本人に成り代わっていたことが発覚 ↓24年前
北朝鮮による拉致容疑事案|警視庁
小熊和也さんは病死、小住健蔵さんは行方不明 -
12/4兵庫で秋田美輪さん(21)が失踪
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11/22東京で林かな子さん(25)が失踪
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4/30埼玉で今津淳子さん(27)が失踪
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2月北朝鮮の工作員である辛光洙(シン・ガンス)を韓国当局が逮捕 ↓5年前
辛光洙が、原敕晁さん(43)を北朝鮮に拉致して、原さんに成り代わっていたことが発覚
北朝鮮による拉致容疑事案について|警察庁Webサイト
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6/4山梨で山本美保さん(20)が失踪 ↑20年後
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4/2福井で河合美智愛さん(20)が失踪
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10/17京都で松本重行さん(48)が失踪
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7月欧州で有本恵子さん(23)が失踪 ↑5年後↑19年後↑37年後
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12/5三重で辻興一さん(32)が失踪
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6/20石川で安達俊之さん(18)が失踪
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3/16北海道で長尾直子さん(20)が失踪
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12/18富山で山田建治さん(30)が失踪
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8/10神奈川で寺島佐津子さん(19)が失踪
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6月宮崎で原敕晁さん(43)が失踪していた ↑5年後↑22年後
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5月欧州で石岡亨さん(22)が失踪 ↑8年後↑22年後
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5月欧州で松木薫さん(26)が失踪 ↑8年後↑22年後
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1/13京都で小久保稔史さん(32)が失踪
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1/7産経新聞の記事(昭和55年1月7日付朝刊1面)
「アベック3組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」
◆点を線に結んだ「一報」
裏日本の海岸部、福井、新潟、鹿児島の各地でナゾの連続アベック蒸発事件があり、男女六人が失跡していることが警察庁の調べで判明した。事件は、富山でのアベック誘かい未遂事件を端緒にあきらかになったもので、発生は五十三年夏の四十日間に限られており、同庁は六日、この連続蒸発および誘かい未遂事件が同一犯人によるものと断定した。犯行はきわめて計画的で広域にわたるが、富山の現場に残された犯人グループの遺留品が、国内では入手不可能なことや、失跡当時、現場に近い沿岸でスパイ連絡用とみられる怪電波の交信が集中して傍受されていることなどから、外国情報機関が関与している疑いも強く出ている。
アベック誘かい未遂事件は五十三年八月十五日、富山県高岡市島尾海岸で発生した。犯人は男の四人組。アベックはサルグツワをかまされたうえ、手に手錠、足をヒモでしばられ、さらに頭から布袋をかぶせられて近くの松林にかつぎこまれた。犯人は「静かにしなさい」といったきり、あとは無言。しかし、近所の人が近づくのに気づいたのか、間もなく逃走、アベックは難をまぬがれた。
富山県警の捜査でこの事件の特異性がしだいにあきらかになった。手錠、サルグツワ、布袋、ヒモなど遺留品のほとんどが、日本では入手不能の外国の製品。犯人のかっこうも、ステテコに白い上着、ズックぐつと、異様だった。だが事件はナゾのまま特異な誘かい未遂事件として警察庁に報告された。
同庁は全国の県警に類似事件の報告を求め、検討を行った結果、この未遂事件発生の約一カ月前から集中的に三件の失跡事件が発生していることをつきとめた。
最初の事件は同年七月七日、福井県小浜市青井海岸で、第二の事件は同月三十一日、新潟県柏崎市中央海岸で、そして第三の事件は未遂事件の三日前にあたる八月十二日、鹿児島県日置郡吹上浜海岸で発生していた。
いずれもデートに出かけた海岸から、午後七時-九時の間にこつ然と姿を消した。六人の職業はまちまちだが、年齢は二十歳代。三組とも家族に交際を認められ、結婚式の日取りも決まっていたケースもある。また、運転免許証や預金通帳も自宅に残しており、各県警の捜査の結果でも、家出や心中の可能性は、まったく浮かんでいない。
さらに、水死などの事故の可能性についても、大規模な捜索を行ったが、結局、遺体は見つからなかった。
警察庁では、昨年末、関係四県警と会議を持ち三件の失跡と富山の未遂事件を総合的に分析、検討した結果、(1)失跡の三件には自殺、家出、事故死の可能性がない(2)いずれも海岸から行方を絶っている(3)五十三年夏に集中し、失跡の状況が酷似している(4)被害者は四件とも若いカップルばかり(5)海岸からのナゾの失跡は、一昨夏以前も以後も起きていない-などから、未遂事件を含めた四件は同一犯人グループによる犯行と断定、刑事局が指揮をとって追及に乗り出している。
現在、犯人グループがなぜ、若いアベックを連れ去る必要があったのかという犯行の動機、目的に焦点がしぼられているが、アベックをまっ殺して、その戸籍を入手、何らかの“工作”に利用しようとしたのではないか、と推定している。また、犯人グループの割り出しと同時に、背後の組織解明が進められている。
四件の現場は、いずれも、これまでに外国情報機関のスパイが上陸したことのある海岸に近く、事件前後に、不審な外国船が現場近くに停泊していたという有力情報もある。さらに五十三年夏は、外国を発信源とするスパイ連絡用の怪電波が急激に増えたという事実が警察庁当局によって確認されている。
富山の現場から外国製の遺留品が数多く発見されたことや犯行の手口とあわせ、関係者の間では外国情報機関がかかわっていたのではないかという見方を強めている。-
メディアは死んでいた―検証 北朝鮮拉致報道 阿部 雅美【著】
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ーー兵庫で金田龍光さん(26)が失踪
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5/5石川と富山の県境で、都庁職員アベック拉致未遂事件 →動画
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8/15富山でアベック拉致未遂 →詳細 ↑2年後
○政府委員(城内康光君) (前略)それから、富山県で起きました未遂事件のことでございますけれども、この事件につきましては、八月十五日の午後六時三十分ごろ、海岸端を歩いていた被害者である男女が自分たちの乗車してきた自家用車の駐車場に帰るために防風林の中を歩いていたということで、そうしたら前方を歩いていた四人組がいきなり襲いかかって、防風林内に引きずり込んでゴム製猿ぐつわあるいは手錠、タオル等を使用して縛り上げて、それぞれ寝袋様のものに入れたと。そして現場から数十メートル離れた松林内に運んで放置したということで、原因はわかりませんがその四人組はいなくなりまして、その後その男女は別々に自力で脱出いたしまして一一〇番した、こういう事件が発生しております。
第112回国会 参議院 予算委員会 第15号 昭和63年3月26日 No.055~ -
8/12新潟県で曽我ミヨシさん(46)と曽我ひとみさん(19)が失踪 ↑24年後
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8/12
○政府委員(城内康光君) (前略)それから三つ目に、同年八月十二日に鹿児島県で起きた事件でございますが、当該男性は同伴者を誘って浜に、海岸に夕日を見に行くと言って出たきり帰宅しなかったということでございます。十四日の日に、その浜のキャンプ場付近でドアロックされたまま車両が発見されております。女性も家の者に、同伴者と浜へ、海岸に夕日を見に行くと言って出たままであるということで、これも動機はございません。(後略)
第112回国会 参議院 予算委員会 第15号 昭和63年3月26日 No.055~ -
7/31
○政府委員(城内康光君) (前略)それからまた、同年七月三十一日に新潟県の柏崎市で起きた事件でございますけれども、やはり当該男性が家の者に、ちょっと出かけてくる、自転車を貸してくれと言って自転車で出かけたまま帰宅しなかった。自転車は柏崎の図書館前に置いてあったのが発見されたわけであります。当該女性は、勤務先の化粧品店で仕事が終わった後、同伴者とデートすると店の従業員に話しておりまして、これも家出などの動機はございません。(後略)
第112回国会 参議院 予算委員会 第15号 昭和63年3月26日 No.055~ -
7/7
○政府委員(城内康光君) (前略)まず、五十三年の七月七日に福井県の小浜市で起きました男女の行方不明事件についてでございますが、当該男性は七月七日に同伴者とデートに行くと言って軽貨物自動車で家を出たまま帰宅しなかった。自動車はキーをつけたままの状態で発見されております。当該女性はデートに行くと言ったまま帰宅しなかったけれども、この同伴者と結婚することになり大変喜んでいた状況がございまして、自殺することは考えられません。(後略)
第112回国会 参議院 予算委員会 第15号 昭和63年3月26日 No.055~ -
6月田口八重子さん(22)が失踪 ↑13年後↑24年後↑43年後
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6月欧州で田中実さん(28)が失踪 ↑18年後↑27年後
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11/15
新潟日報の記事(昭和五十二年十一月二十二日付)
北朝鮮工作組織による日本人誘拐拉致に関する質問主意書 平成九年一月二十三日提出
新潟中央署は、十五日夕方、クラブ活動を終えて帰宅途中、姿を消した女子中学生について、家族からの要請もあり、公開手配した。同署はこれまでの捜索の結果、誘かいなどの疑いはほぼなくなったが、行方不明が長引けば、なんらかの犯罪に巻き込まれる恐れもあるとして、二十一日、公開して市民らの協力を得ることにした。
突然行方不明になったのは、新潟市水道町二、銀行員横田滋さん(四五)の長女めぐみさん(一三)=同市寄居中学一年=。
同署の話では、めぐみさんは、十五日の放課後、クラブ活動のバトミントンの練習に参加しており、同六時三十五分ごろ、クラブの一年生女子二人と学校の正門を出た。うち一人は、正門を出てすぐ別れ、もう一人とも、学校から約二百メートル海岸寄りの新大教育学部角の十字路で別れたまま、消息を絶った。
同日午後十時ごろ、母親から届け出を受けた同署は、県警機動隊の協力も得て、付近一帯を中心にこの一週間、延べ千人を動員して捜索したが、全く手がかりはない。
家出あるいは自殺の恐れについて、家族は『日記や手紙を見ると悩みはあったようだが、家出するほどの悩みは心当たりがない』また友だちも『ふだんと特別変わった様子はなかった』と話している -
11/14鳥取で古都瑞子(通称:洋子)さん(47)が失踪
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10/22北海道で前上昌輝さん(20)が失踪
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10/21鳥取で松本京子さん(29)が失踪 ↑29年後
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9月宇出津(うしつ)事件
北朝鮮工作員に取り込まれた在日朝鮮人が、久米裕さんをだまして石川県の宇出津海岸に連れ出し、北朝鮮工作船で迎えに来た別の北朝鮮工作員に同人を引き渡した。
北朝鮮による拉致容疑事案について|警察庁Webサイト
当該在日朝鮮人は、同月、石川県警察が検挙。
久米さんに戸籍抄本を持参させていた。 -
5/21埼玉で新木章さん(29)が失踪
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3月布施範行さん(23)が失踪
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8/2山口で国広富子さん(24)が失踪
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2/7埼玉で藤田進さん(19)(同姓同名の失踪者あり)が失踪
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4/4兵庫で萩本喜彦さん(35)が失踪
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8/17福井で山下春夫さん(28)が失踪
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7/11千葉で峰島英雄さん(21)、関谷俊子さん(17)、遠山常子さん(17)が失踪
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6/14兵庫で清崎公正さん(41)が失踪
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2/24新潟で大澤孝司さん(27)が失踪
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1/12福岡で三浦和彦さん(21)、波多野幸子さん(18)が失踪
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12月東京で渡辺秀子さん(32)、高敬美さん(6)、高剛さん(3)が失踪 →詳細 ↑34年後出身の北海道で在日朝鮮人工作員高大基と出会い、工作員であることを知らずに結婚して2人の子供(敬美・剛)をもうけた。埼玉県に居住していた昭和48(1973)年6月頃、高が突然失踪したため、その行方を追って高の勤務先であった東京都品川区にある「ユニバース・トレーディング社」を訪れた。同社は北朝鮮工作機関の偽装会社であり、それが発覚するのを恐れて親子3人を監禁。姉弟は翌49(1974)年6月に小浜市の岡津海岸から北朝鮮に送られた。秀子さんについては殺害説もあるが真相は分かっていない。平成19年4月12日、警察は敬美さん・剛さん姉弟を拉致と断定し、高姉弟拉致の主犯である工作員・洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子について、逮捕状の発付を得て国際手配を行っているが、渡辺秀子さんについては何の措置も行われていない。渡辺 秀子 | 特定失踪者問題調査会
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7/7千葉で古川了子さん(18)が失踪
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7月石川で遠山文子さん(21)が失踪
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11/1東京で生島孝子さん(31)が失踪
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9/29日中共同声明調印、台湾と断交
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5/15沖縄が日本に復帰
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12/30鹿児島で園田一さん(53)、園田トシ子さん(42)が失踪
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8/8福岡で加藤久美子さん(22)が失踪
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3/31よど号ハイジャック事件 →詳細 ↑32年後犯人らは北朝鮮に亡命1 「「よど号」ハイジャック事件」と「よど号」グループの動向「よど号」グループの動向|警察庁
「「よど号」ハイジャック事件」は、1970年(昭和45年)3月31日、日本刀、鉄パイプ爆弾等で武装した共産主義者同盟赤軍派の活動家9人が、東京発福岡行きの日本航空351便・通称「よど号」を乗っ取り、乗客122人、乗員7人の合計129人を人質に取って、同機を北朝鮮に向かわせるよう要求し、福岡空港及び韓国の金浦(キンポ)空港において乗員・乗客の一部を解放した後、同年4月3日に北朝鮮美林(ミリム)飛行場に到着し、北朝鮮当局に投降した事件です。
警察では、これら「よど号」犯人をICPOを通じて国際手配しており、1988年(63年)5月には、不正に入手した旅券を使用して日本に潜伏していた犯人1人を逮捕しました。また2000年(平成12年)3月には、田中義三を逮捕したタイ当局から同人の身柄引渡しを受け、逮捕しました。ハイジャック犯人のリーダー田宮高麿ら2人は、北朝鮮で既に死亡が確認されていることから、現在、北朝鮮に残留しているのは、小西隆裕、赤木志郎、魚本(旧姓安部)公博、若林盛亮、岡本武の5人とみられています(うち1人は死亡したとされているが未確認)。
他方、昭和50年代半ばから60年代にかけて、欧州で北朝鮮工作員と接触していた不審な日本人女性6人に対し、海外での活動を抑止し、テロ活動を防止するため、1988年(昭和63年)8月、外務省は日本旅券の返納を命じました。1992年(平成4年)には、これらの女性全員が「よど号」犯人の妻(1人は元妻)であることが判明しました。警察は、元妻を除く返納命令に違反した5人を旅券法違反容疑で国際手配しています。
「よど号」グループは依然として、北朝鮮国内において、当局との密接な関係を基盤に、グループ全員の帰国を目指して、機関紙、インターネット等を通じ、盛んに自己の主張を訴えています。特に「よど号」犯人は、機関紙等を通じて、全員の早期合意帰国を訴えており、2004年(16年)6月には、北朝鮮当局に対し、日本への帰国支援を要請する書簡を送付しました。これに対して、北朝鮮当局は、同年7月、犯人らの帰国には反対しないとの立場を改めて表明するなど、彼らの帰国に向けた動向がみられます。
「よど号」犯人の妻等については、2003年(15年)までに、帰国した3人を逮捕し、これに続いて、2004年(16年)2月、旅券法違反及び偽名で銀行口座を開設したとして有印私文書偽造・同行使容疑で国際手配中の魚本民子を、同年10月には、旅券法違反で国際手配中の田中協子を、帰国と同時に逮捕しています。なお、子女については、現在までに17人が帰国しています。
2 欧州における日本人拉致(らち)容疑事件への関与
2002年(14年)3月、警察は、「よど号」犯人の元妻が「北朝鮮の金日成(キム・イルソン)から「代を継いだ革命を実施せよ」との教示を受けたリーダーの田宮高麿の指示で、1983年(昭和58年)、私がロンドン留学中の有本恵子さんに声を掛けて騙(だま)し、デンマークのコペンハーゲンで朝鮮労働党のキム・ユーチョル及び魚本公博に引き合わせ、北朝鮮に連れ出した」旨の証言をしたことを含め、これまでの捜査結果を総合的に検討した結果、「よど号」グループが朝鮮労働党の指導の下、金日成主義に基づいた日本革命を目指して、日本人の拉致に深く関与していたと判断しています。
2002年(平成14年)9月、警察は、有本恵子さんに対する結婚目的誘拐の容疑で、魚本公博の逮捕状の発付を得て、同人を国際手配しています。 -
2/10石川で七條一さん(21)が失踪
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7/27静岡で大屋敷正行さん(16)が失踪
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3/2青森で今井裕さん(18)が失踪
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12/12北海道で国井えり子さん(17)が失踪
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12/1北海道で斉藤裕さん(18)が失踪
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6/26小笠原諸島が日本に復帰
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2/9富山で水島慎一さん(18)が失踪
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1月富山で屋木しのぶさん(19)が失踪
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11/7北海道で紙谷慶五郎さん(55)、紙谷圭剛さん(26)、紙谷礼人さん(19)、紙谷速水さん(16)が失踪
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9/29東京で日高信夫さん(21)が失踪
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12/18日韓基本条約発効
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6/9東京で坂本とし子さん(22)が失踪
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3/26新潟で藤田進さん(17)(同姓同名の失踪者あり)が失踪
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三人は日本海に同じ船に乗って漁に出て帰らず、破損した船だけが発見された寺越昭二氏、寺越外雄氏そして寺越武志氏の拉致認定に関する質問主意書 平成十九年十月二十六日提出
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4月千葉で加瀬テル子さん(17)が失踪
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ーー小住健蔵さん(27)が失踪 ↑24年後
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ーー東京で藤田慎さん(29)が失踪
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9/21東京で宮澤康男さん(17)が失踪
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2/27秋田で木村かほるさん(21)が失踪
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12/14在日朝鮮人帰還事業が始まる(昭和59年まで) →動画、詳細 ↑38年後○柳澤錬造君 (前略)昭和三十四年の一月に、当時の藤山外務大臣が人道主義に基づいて北朝鮮帰還事業を開始するということを了解しまして、二月の閣議においてその実務を国際赤十字委員会に依頼をいたしまして、八月に日本赤十字社と北朝鮮赤十字会との間でカルカッタ協定が結ばれたことは御存じだと思います。その年の十二月十四日に新潟港から第一次船が出港いたしまして、自来百八十七次にわたって九万三千三百四十人の在日朝鮮人が帰還をしているはずなんです。その際同行した日本国籍保有者というのが六千六百人、そして日本人妻と言われる人たちが千八百三十一人というふうに把握をしているわけなんですが、この数字が間違いないかどうかということをまず御質問いたします。第102回国会 参議院 法務委員会 第5号 昭和60年4月2日 No.139~
○政府委員(小林俊二君) 先生御指摘のとおり、総数九万三千三百四十人、日本国籍保有者六千六百七十九名、その内訳といたしまして、いわゆる日本人妻と把握されておる人物が千八百三十一名でございます○永末委員 最近、日本人妻自由往来実現運動本部というものをつくられた方がございまして、その責任において約八通の日本人妻から日本に送られた手紙が公表されました。それをちょっとこの機会に読み上げさしていただきたいと思います。第72回国会 衆議院 外務委員会 第28号 昭和49年5月24日 No.241~
たとえば食べ物の点でこういうことをいっているわけですね。
お米を食べないからおち々が出ないのです。ミルクを送って物らいましたがち々首がないのでこまって居ります。うどんおさかな一度食べて見たいわ。また、ここは実にきびしいものです。(中略)生きた魚なんて見た事もないし、カロリーなんか栄養について計画すれば何にも出ない生れて初めての食生活をして居ります。というような食物に対すること。また衣類に対しましても、
きず物二流品でよろしいのです。又何枚分でもいいのです。オーバ地と毛布、毛糸が欲しいのですが、なんとかしていただけないでしょうか。こういうようなこと、そして生活状況では、
何しろタケノコ生活でやっと口をつなぐのがせい一ぱいでどうしようも有りません。そこでこの度思ひ切ってお母さん初め皆さんになんとか助けてもらおと思ひ、思ひ切って手紙書いた次第です。どうかお母さん皆さんと相談なさって一度だけなんとかお願い致します。一〇〇%ナイロンの頭にかぶるネッカチーフ三百枚有れば何んとかなります。というような切実な依頼。また他の人は、
あれこれと考へると人間の常識としてはこのような書信を出来るものではない事も百も承知の上での何とか時の何頼みます。どうぞ洋のような心量を以ってお願いします。こういうような手紙が到着をいたしておるのでございまして、大平外務大臣、この質問の経過から、先ほど来伺っていただいておりますが、なお日本人の国籍を有しておる日本人が、少なくともこのような状況に該当しておると思われる人々が二千名ほどおるというのはあなたの政府の確認事項なんです。これをこのまましておることでよろしいと外務大臣としてはお考えですか。 -
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12/12日ソ共同宣言発効
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12/25奄美群島が日本に復帰
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10/7長崎で徳永陽一郎さん(18)が失踪
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7/27朝鮮戦争停戦
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4/28サンフランシスコ講和条約発効(大東亜戦争終戦、主権回復)
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1/18李承晩(リショウバン)ラインを設定韓国は、一九五二年、海洋主権宣言に基づく漁船立入禁止線、これは李承晩ラインと言われておりますが、これを引き、竹島は韓国の支配下にあると一方的に宣言しました。一九五二年のこの宣言から一九六五年の日韓基本条約締結までに、韓国軍は、ラインを越境したというのを理由に、日本漁船三百二十八隻を拿捕し、日本人四十四人を死傷させ、三千九百二十九人を抑留しました。また、韓国側からの海上保安庁巡視船への銃撃等は十五件に及び、十六隻が攻撃されました。その後も竹島を軍事力で支配をしています。第198回国会 衆議院 予算委員会第四分科会 第1号 平成31年2月27日 No.49~
平和条約署名、李承晩ライン|内閣官房
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6/25北朝鮮が38度線を超えて韓国に侵攻、朝鮮戦争開戦
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10/1毛沢東が中華人民共和国樹立を宣言
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9/9金日成が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)樹立を宣言
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8/15李承晩が大韓民国樹立を宣言
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5/3日本国憲法施行前文 (前略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。(後略)第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。日本国憲法|衆議院
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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10/25蔣介石が台湾に上陸
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9/2ポツダム宣言受諾調印(大東亜戦争休戦、被占領)
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8/29マッカーサーが日本に上陸
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8/15玉音放送
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8/14ポツダム宣言受諾
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8/14大東亜戦争終結の詔書
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8/9○政府委員(河野義男君) ソ連に抑留された方の総数は約五十七万五千名でございます。そのうちモンゴルに抑留された方が一万三千四百名、それから帰還された方の数は四十七万三千名でございます。そのうち一万一千七百名がモンゴルから帰還された方です。それから、抑留されて死亡されたと推定される方の数が五万五千名でございます。それから、病弱等のために、一たんソ連に入られましてまた再び満州に送られた方が四万七千名でございます。それから現在残留しておられる方の数が九十四名でございます。以上のような状況でございます。第84回国会 参議院 内閣委員会 第9号 昭和53年4月25日 No.192~
シベリア抑留中死亡者に関する資料の調査について|厚生労働省日本船舶被だ捕状況海上保安統計年報(令和元年)|海上保安庁
未帰還累計:986隻(ロシア:646隻、韓国:183隻、米国:2隻、その他:154隻、令和元年時点)北方水域におけるソ連官憲による本邦漁船の「拿捕」事件は,依然として頻発しており,74年における本邦漁船の「拿捕」件数は33隻,246名であり,同年中に16隻,248名(その内20名が73年から越年)が帰還した。なお,46年から75年3月31日まで,ソ連側に「拿捕」された漁船及び漁船員の総数は1,459隻,12,274名に達した。その内,ソ連側から返還された船舶は896隻,帰還した漁船員は12,242名で,「拿捕」の際または引取りの途中で沈没した漁船は23隻,抑留中に死亡した漁船員は32名である。第6節 ソ連・東欧地域|外務省 -
8/9アメリカが長崎に原爆を投下
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8/6アメリカが広島に原爆を投下
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竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記 カワシマ・ワトキンズ,ヨーコ【著・監訳】〈Kawa...
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続・竹林はるか遠く―兄と姉とヨーコの戦後物語 カワシマ・ワトキンズ,ヨーコ【著・監訳】〈Kawa...
参考
拉致の可能性を排除できない事案に係る方々|警察庁Webサイト